「膿の親」は誰か——イラク日報問題と自衛官暴言事件
2018年4月23日

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週、東アジアをめぐる状況が大きく変わる。「ベルリンの壁」崩壊から30年となる2019年。東アジアの冷戦終結となるのか。悲観も楽観もせず、達観でも静観でもない当事者性をもって、冷静に向き合っていく必要があるだろう(詳しくは次回以降の「直言」参照)。

だが、現実の日本はどうか。トランプ別荘でのゴルフ付き「日米首脳会談」の悲惨なツケ(関税対象から除外不可、高額兵器の請求書等々)はまだ全貌が見えない。確実に言えることは、安倍政権下の日本だけが東アジアの巨大な転換過程において当事者性を失っていることである。対外的には、対話の否定と「圧力」一辺倒、対内的には、Jアラートを濫用して国民の恐怖感をあおる「不安の制度化」の手法。トランプに冷たくされて、片思いの情けない安倍首相の「ゴルフ外交」を、海外メディアは冷やかに見ている(例えば、4月17日のThe Gaurdian紙のサイト)。「依怙贔屓(えこひいき)スキャンダル」(cronyism scandals)のために支持率急落の安倍内閣の終焉や、激動の東アジアの状況については、来週以降論ずる予定である。

さて、先週の月曜(4月16日)午後9時頃、民進党の小西洋之参院議員が国会前の路上を歩いていたところ、ジョギングで通りかかった幹部自衛官(統合幕僚監部指揮通信システム部所属の三等空佐)から、「お前は国民の敵だ」と繰り返し罵声を浴びせられる事件が起きた。近くにいた警察官が駆け付けた後も三佐は暴言を続け、小西氏がその場から豊田硬防衛事務次官に電話して、「自衛官を名乗る者から国民の敵だ、などと罵られている」と伝えた。すぐに武田博史人事教育局長から電話が入る。加勢の警察官もかけつけ、所轄の麹町署から警備課長が到着する事態に。ここに至って三佐は態度を変え始め、発言を撤回することになったという。この間、30分近くが経過していた(『朝日新聞』4月18日付など。詳しくはAERAdot 4月21日)。人気の少ない夜の国会近くの路上で、国会議員が通りすがりの幹部自衛官から長時間にわたり罵倒されるという異様な事態であり、単なる個人的トラブルとして処理することが許されない重大問題である。現場の警察官の報告で、筆頭警察署の警備課長(警視)まで現場にきていたことを重視したい。河野克俊統合幕僚長は17日、議員会館の小西氏の部屋を訪れて謝罪したが、小野寺防衛大臣は同日、記者団に対して、「彼も国民の一人なので、当然思うことはあると思う」と語った(『毎日新聞』4月18日付)。翌日、「擁護するつもりはない。今回のような不適切な発言は決して認められない」と釈明に追われたが(同19日付夕刊)、「気持ちはわかるが、やり方が悪い」と受けとられかねない発言は、防衛大臣としてきわめて不適切である。「三佐にも言論の自由がある」といった書き込みもあるが、問題の性格が違う。三佐は、個人としてではなく自衛官を名乗って発言している問題もある。権力を制限される国家公務員(公権力)が言論の自由(個人の人権)を無邪気に用いることはできない。国会議員を「国民の敵」と罵倒したという第1報をネットで知って、私はすぐに戦前の「黙れ事件」を思い出した。

1938年3月3日、衆議院国家総動員法委員会において、陸軍省から説明員として出席した佐藤賢了中佐(陸軍省軍務課国内班長)が法案の趣旨説明を延々と行っていたところ、議員から「討論ではない」「やめさせろ」といった野次が飛んだ。佐藤は議員に向かって「黙れ」と一喝した。政府の一説明員にすぎない者が国会内で国会議員に対して行った無礼な行為として問題視され、陸軍大臣が陳謝する事態となった。なお、佐藤は3年後に軍務課長(大佐)となり、1941年11月、日米開戦を目前にして、国民に「皮を斬らせて肉を絶つ信念」を呼びかけ、防空法の改正を推進。空襲時に「逃げるな、火を消せ」という義務(罰則付き)を導入し、苛烈な空襲下での避難を遅らせ、犠牲者を拡大するのに貢献した人物である。

軍人が傲慢・横暴となり、武力を背景にして発言権を増していった戦前の教訓は重い。警察予備隊以降、日本の再軍備過程ではこの教訓を踏まえ、徹底して「軍隊ではない」という制度設計が細部にまで徹底された。その一つのあらわれが特殊日本型文民統制〔文官統制〕であり、それが安倍政権下の防衛省設置法改正によって壊され(直言「日本型文民統制の消滅」)、それ以降、軍事的合理性をおおらかに主張する制服組(それと結びついた政治家)が発言権を増していった。以前から斎藤隆統幕長など海自出身のトップにはその傾向が顕著にみられ、空自でも田母神俊雄空幕長のような危ないタイプも生まれていた。河野統幕長は安倍首相好みの制服トップで、異例の2回の定年延長で、5月末まで1年半も多くそのポストに居座っている。どんな不祥事に際しても責任をとらないという点は、この政権共通の特徴だろう。直言「気分はすでに「普通の軍隊」——アフリカ軍団への道?」などで繰り返し指摘してきたように、河野統幕長の「政治的軍人」ぶりは突出しており、政治の統制や防衛省内局などを意に返さない。安倍首相の「9条加憲」の主張を「非常にありがたい」と言ったことは記憶に新しい。こうしたタイプが増殖していることは、安倍政権のもとで日本社会が「赤報隊」化していることと決して無関係ではないだろう。

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日頃から反感を抱いていた国会議員を直接に罵倒するという「実力行使」がなされる状況の背後に何があるか。「情報隠し、争点ぼかし、論点ずらし、異論つぶし、友だち重視」の安倍流統治の5つの手法の「膿」がこの国のさまざまなところに及んでいることがわかる。特に「異論つぶし」という点では、2016年1月19日の参議院予算委員会で、野党議員に向かって「批判を慎め」と言い放ったことが想起される。こうした積み重ねが、小西議員を罵倒した三佐の行動につながったとは言えまいか。なお、国会質疑でも野党議員の意見を聞かず、せせら笑うような表情をして、別の話を持ち出して話の流れを変え、肝心の答は絶対に言わない「安倍くん」について、母校の成蹊学園で小学校、中学校、高校のクラスメートたちが語ることが興味深い(「同期は安倍首相がキライ」『週刊金曜日』4月20日号34-36頁)。

直言「安倍政権の終わり方——「アッキード事件」と「日報」問題」などで指摘してきたように、かの「稲田朋美防衛大臣」が一貫して「存在しない」としてきたイラク活動報告(日報)について、防衛省は、合計435日分(イラク復興支援群370日分、イラク復興業務支援隊26日分、後送業務隊39日分)、14929頁を、16日午後5時に初めて開示した。当初18日の予定だったので、新聞各社は朝刊締切りまでの短時間で、多数の記者を動員して「日報」分析に没頭した。私の携帯には朝日新聞記者から電話が入り、この「日報」開示についてコメントをするため夕方から待機していた(早番から最終14版で動く可能性があるので)。私のコメントは4月17日付第3総合面(3頁)の真ん中に掲載されている

水島朝穂・早稲田大教授(憲法)の話
陸上自衛隊のイラク派遣時に小泉純一郎首相(当時)は国会で、自衛隊は「非戦闘地域」で活動する、という説明をした。憲法違反の指摘を免れるための苦肉の策だった。しかし、ロケット弾などによる宿営地攻撃などで危険な状態にあったことは明らかになっており、現実と建前の乖離(かいり)は明白だった。
「自衛隊が活動する地域は戦闘行為が行われない」とする国会答弁のつじつま合わせのため日報を隠していた疑いがあり、森友学園問題をめぐる財務省の公文書改ざんと同じ構図だと考えざるを得ない。
イラク派遣が原因で自殺した陸自隊員もいる。派遣の前提が崩れながら派遣を続けていたとすれば、責任の所在を明らかにするべきだ。公開された日報を含めて今後、英国などのようにイラク派遣について総合的に検証する必要がある。

わずか338字にまとめられているが、言いたいことは山ほどあった。「答弁と整合性図った疑い」という東京本社14版に付けられた見出しは満足のいかないものだった。私としては、「派遣の総合的な検証を」と付けてほしかった。「戦闘」が頻発し、「非戦闘地域」という派遣の前提が崩れていたのに派遣を継続していたことが「日報」から分かってしまうからこそ、日報は「なかった」ことにされてきたのである。「情報隠し」の手法はこの分野では特に徹底していた。

今回開示された「日報」は、2004年1月から2006年9月までの派遣期間全体のうちの435日分で、2年半あまりのうちの45%にすぎない。残りの半数以上の「日報」は、現段階では存在が不明にされている。旧日本軍における「陣中日誌」や「戦闘詳報」と同様、海外派遣部隊の「日報」はきわめて資料的価値が高いものである。それが破棄され、あるいは隠蔽されている。

朝日新聞社は、今回開示された「日報」の全文を公開している(PDFファイル)。ネット上には、「日報村」というサイトができて、「人気の日報」という形で、特に読まれているものが列挙されている。そのなかには、「5人で24人前のそうめんを一気に平らげた。久しぶりに日本を感じ、すっかり暑気払いができた」(イラク復興支援群活動報告2006年6月2日17頁)といった隊員たちの生活感あふれるものや、「初めて接する他国の挨拶の風習の中で、最近対応に困っているのが「ウィンク」である。きれいな金髪の女性が「ウィンク」してくれれば、うれしいのだが、残念ながら「ウィンク」するのは、額の面積が通常より広いオヤジか、ヒゲツラのオッサンばかり…。オッサンが相互にウィンクする光景の中に自分がいるのが許せないから、私がウィンクしたことは一度もない」(同2005年11月3日19頁)といった、異文化のなかで苦労する様子がよくわかるものもある。しかし、注目されるのは、「バスラLO日々業務報告」に、「医務室からは「当該隊員は、IED〔即製爆発装置〕攻撃を受けた後、コンバットストレスのため、髪が抜ける等の症状が出ている。・・・」との報告があった」(同2005年10月10日23頁)とあるように、実質的な「戦闘」状態のなかでストレスのため「髪が抜ける」隊員が出ていたことである。間接的に聞いた話では、この相談をした隊員は帰国後、自殺したとのことである。

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当時、イラク派遣をめぐって国会では、「戦闘地域」と「非戦闘地域」の区別の問題が議論されていた。成立したイラク特措法には、「武力による威嚇又は武力の行使に当たるものであってはならない」(2条1項)とあり、活動地域も「現に戦闘行為が行われておらず、かつ、そこで実施される活動の期間を通じて戦闘行為が行われることがないと認められる地域」(同3項)に限られていた。もし戦闘地域となれば「活動の中断」が定められていた(同8条4項)。小泉純一郎首相は、「どこが戦闘地域で、どこが非戦闘地域かを私に聞かれてもわからない」「自衛隊が行くところが非戦闘地域です」というなど、説明不能に陥っていた。こうした首相の国会答弁との「辻褄合わせ」のために、それに反する事実が書いてある「日報」は隠されてきたのではないか。今回の開示に際して、小泉元首相はテレビの取材に、「戦闘をしているという報告は一切なかったね」と述べている。まさに、「安倍昭恵」の記述を削除した財務省公文書改ざんと同様、首相の発言に合わせて、「ある」ものが「ない」ものにされていたのである。

この「日報」を隠し持っていた部署が防衛省のサイトで公開されている。一番多いのは、陸幕衛生部で、435日分の8割にあたる381日分。攻撃が激しさを増しているなかで、後半の派遣部隊にメンタルな問題が発生していたことで、その分析に使っていたのではないか。衛生部には、防衛医科大学校を卒業した医官が多い。彼らは医者として、派遣隊員たちの健康状態、精神状態に注目し、この「日報」を捨てられなかったのではないか。

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イラク派遣の後半は第一次安倍政権だった。安倍首相自身、2007年5月1日にイラクを訪問し、航空自衛隊の派遣部隊(第1航空輸送隊)を視察している(視察風景)。この部隊の空輸活動では、実は武装した米兵を運んでいたことが判明した。「週間空輸実績(報告)」という文書があって、2008年の自民党・浜田靖一防衛大臣の時はこれが真っ黒で出されたが、2009年の民主党・北澤俊美防衛大臣の時にこれが公開され、「武力行使との一体化」が明確となった。この「直言」で何度も紹介してきた陸幕『隊員必携』(第3版、2004年10月)を改めて見ても、黒塗りの恣意性が浮き彫りになってくる。これを朝日新聞記者が情報公開請求したところ黒塗りで出てきたが、私がもつ現物と対比すると、不発弾を見つけた時の注意事項だったということも明らかになった(上記の写真が現物)。『朝日新聞』2014年3月27日付。また、拙稿「自衛隊はイラクで何をやっているのか」(『週刊金曜日』2009年10月30日号頁その1同その2参照)、「直言」では2009年10月12日「復興支援活動」の実態が見えてきた」参照のこと。

なお、イラク派遣の教訓をまとめた陸上幕僚監部発行の内部文書『イラク復興支援活動行動史』(2008年5月)がある。当初、情報公開請求に対して「黒塗り」で対応してきた防衛省も、民主党政権下の北澤防衛大臣がこの公開に踏み切り、いまでは全文を読むことができる。立憲民主党の辻元清美議員のホームページに「黒塗り版」と「完全版」(188頁、第2編・235頁))の両方が収録されている。これを今回公表された「日報」と比較しながら読めば、さまざまなことが発見できるだろう。いずれにしても、公文書は「健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源」(公文書管理法1条)である。隠蔽や改ざんを免れて、しっかりと公開させて、国会で、イラク派遣の本格的な検証が行われるべきである。

安倍首相は、財務省の公文書改ざん問題や、防衛省「日報」問題など一連の問題について、「国民の行政への信頼が揺らいでいる。徹底的に調査し、膿を出し切る」と述べた。すぐに小沢一郎事務所のツイッター(@ozawa_jimusho)(4月13日)は、「総理はコメディアンでも目指されているのか。あるいは単純に理解能力の問題なのか。膿が自分自身だと本当に気付かないのか、現実を受け入れたくないのか。総理、これ以上もう十分である」と反応した。野党からは、「政権の土台が腐ってきているので、膿が出ている。首相そのものが膿の親ではないか」という声も出ている(『東京新聞』4月20日付)。まさにその通りだろう。安倍首相とその取り巻きという「膿」を、この国の政治から外に出し切る必要がある。

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